第3回 真田幸村と八味地黄丸 後編

「真田幸村と八味地黄丸 後編」

皆さんこんにちは。鞍手クリニック副院長の千々岩 武陽です。
前編では、九度山に配流された真田幸村が、ストレスにより「腎虚」と呼ばれる加齢性変化(歯が抜ける、気力低下、白髪、腰が曲がる、夜間頻尿、インポテンツetc) に苦しんでいたことをお話しました。そして、腎虚とは現代医学的には、LOH症候群(加齢男性性腺機能低下症候群)、すなわち男性ホルモン(テストステロン)の低下による、男性更年期障害ともいうべき状態にあたるのでした。
現代医学では、LOH症候群の患者さんに対しては、血液検査を行い、テストステロンの値を計測します。そしてその値が基準値(8.5pg/ml)を下回る際に、テストステロン補充療法の適応になるわけです。しかし、真田幸村が存在した戦国末期には勿論、ホルモン補充療法など存在するわけがありません。

そこで、ここからは完全に妄想の世界ですが(笑)、もし私がドラマ「JIN-仁-」の主人公のように、戦国末期にタイムスリップしたなら、腎虚に困る真田幸村に処方してあげたい漢方薬が、今回お話しする八味地黄丸です。

前編にて、腎虚のお話をしましたが、八味地黄丸は虚した腎を補する薬、すなわち補腎剤と呼ばれる漢方薬のグループに属します。補腎剤の代表選手である八味地黄丸は、様々な漢方薬の中でも、最も現代医学的・薬理学的研究がなされているものの一つであり、過活動性膀胱、前立腺肥大症、糖尿病、高血圧など、様々な成人病に対する改善効果が知られています。

また、動物実験から、八味地黄丸を継続的に服用させることで、血中テストステロン値が回復することも報告されています。これらのことから、八味地黄丸を現代風に言うならば、「アンチエイジング漢方薬」と呼ぶことができるでしょう。

実際に白内障の患者さんが八味地黄丸の服用により、視力の回復がみられたという話や、白髪ばかりだった患者さんの髪が黒くなったという、にわかには信じられないようなケースも、漢方医仲間から聞いたことがあります。

八味地黄丸は、その名の通り、地黄(じおう)、山茱萸(さんしゅゆ)、牡丹皮(ぼたんぴ)、附子(ぶし)、山薬(さんやく)、沢瀉(たくしゃ)、茯苓(ぶくりょう)、桂皮(けいひ)といった8つの生薬から構成されています。

これらのうち、皆さんに馴染みのあるものから紹介すると、まずは山薬が挙げられるでしょう。山薬は自然薯、つまりヤマイモの根茎のことです。ヤマイモは昔から精がつく、と言われていますが、薬理学的にも男性ホルモン様作用、滋養強壮作用などを有しています。

次に牡丹皮ですが、美人の形容である「立てば芍薬、座れば牡丹~」で有名な牡丹の根の皮を指します。余談ですが、牡丹の花は、花の王様「花王」の異名を持っており、百獣の王である獅子と百花の王である牡丹を併せたデザインが、刺青で有名な「唐獅子牡丹」になります。牡丹皮にはペオノールという有効成分が含まれており、血小板の凝集を抑制し、血液をサラサラにさせる効果を持っています。
そして桂皮とは八つ橋やアップルパイでお馴染みのシナモンです。桂皮には体の中の「気」と呼ばれる生体エネルギーの循環を、スムーズにする力があります。
その他、茯苓や沢瀉には身体の余分な水分を回収して、尿量を増やす効果がありますし、山茱萸には滋養強壮作用や血糖降下作用が確認されています。また附子には身体を内側から温め、心臓の収縮力を強める強心作用があります。

そして八味地黄丸の名前にも含まれている地黄ですが、古くから止血、強壮作用が知られており、江戸時代には地黄の煮汁を入れて作った「地黄煎」という飴が金沢で売られていました。「地黄煎町」という町も実際にあったようです。

このような八味地黄丸ですが、実は井原西鶴の「好色一代男」にも登場しています。物語のラスト、主人公の世之介は海の彼方にある、女性だらけの島、「女護島」へと旅立ちます。この時、世之介が船に積んでいく荷物の中に「地黄丸五十壺…」と記されているのが、八味地黄丸です。
余談ですが、「不倫は文化」の言葉で世間を騒がせた石田純一氏は、某メーカーの八味地黄丸のテレビCMに出演していました。現代の「好色一代男」に八味地黄丸のイメージキャラクターを依頼するのも、シャレが効いていてなかなか面白いと思いませんか(笑)。

最後になりますが、真田幸村がついに討ち取れなかった徳川家康は、いわゆる健康オタクであり、医学・薬学にも通じていた為、当時としては長寿(75歳)を保つことができたと言われています。
しかも驚くことに、「無比山薬丸(むひさんやくがん)」という八味地黄丸をベースにした漢方薬に海狗腎(オットセイのペニス)を加えて、日頃から愛飲していたという念の入りよう…。その後徳川幕府が260年続くことを考えると、「長寿を保ち、何としてでも天下を取る!」という家康の執念のようなものすら感じてしまいます。

こうしてみると、八味地黄丸の力をもってしても、幸村は家康を討ち取ることは難しかったかもしれません。しかし、炎上する大阪城を背景に、華々しく散った幸村であるからこそ、「もののあはれ」に感じ、「判官贔屓」な我々日本人の間で、「悲運の名将、真田幸村」の名は、末永く語り継がれるのではないでしょうか。